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深井律夫さん『巨大市場』、面白く深い中国経済小説!

ひさしぶりに期待できる小説家を発見。日中ビジネス関係の経済小説を書いている深井律夫さん。ここまで中国ビジネスの現状をうまくストーリーにしている小説はない。もしかすると『半沢直樹」の池井戸潤氏に続く人気作家になる可能性も?

1.中国ビジネスの仮想体験か?小説『巨大市場』

面白いだけでない、中国の法律や商習慣も納得!

たまたまアマゾン(Amazon)でタイトル『巨大市場』(角川文庫)という中国経済小説を発見して、電子書籍のKindle(キンドル)版を780円で購入。この作品は深井律夫さんという著者が書いている。ひさしぶりに才能あふれる小説家を発見してしまった。

この『巨大市場』という中国経済小説は、中国にかかわっているビジネスパーソンにとっては、面白くもあり、勉強にもなる一冊ではないだろうか。一気に読んでしまった。中国の法律や商習慣を嘘偽りなく(ちょっと大げさなところもあるが)織り込んでいて、面白いだけではなく、ビジネス面でも参考になるところは少なくない。

もともと、この『巨大市場』は2010年11月に角川書店より『連戦連敗』というタイトルで発売されていたが、現在は『巨大市場』というタイトルに変更されて販売されている。たしかに、読み終わってみると、『連戦連敗』という負け組というイメージのタイトルはマッチしていない。

むしろ、中国の消費者市場(マーケット)としての高まる魅力はグローバル企業の戦略からはずせないというイメージがわいてくる『巨大市場』のほうがマッチしている。

何が面白く、なぜおススメしたくなるのか?

この深井律夫さんが書いている『巨大市場』はなぜ面白いのだろうか?とにかく中国の法律や商習慣を盛り込んでいて、中国ビジネスに関わっている人であれば、自分自身のビジネスの状況にかさなる部分もあるだろう。その上、「そのようなこともあるのか?」「もしかしたら、自社のあのケースは騙されていたのだろうか?はめられていた?」と読みながら考えさせられてしまう。

日本で普通にサラリーマンをしていた人も、中国に赴任すると突然、輸出入トラブル、関税や移転価格税制などの税務問題、部下の頻繁な離職やストライキの発生、日本本社との認識ギャップなど、一気に小説のような世界に突入してしまう。

もう少し深く中国ビジネスに入ると、納入業者と購買担当による秘密のリベート、それを妬んだ同僚からの内部告発に対する対応、自社のパソコンが海賊版で大手ソフトウェア会社からの巨額請求など、日本で考えられないことを経験するのが中国ビジネスだ。

けっこうマニアックな分野なのか?

まさに中国ビジネスに関係している人にとっては、読者対象としてストライクゾーンというストーリーの小説。いっぽう、中国ビジネスに関わっていない人にとっては、面白みや興奮を100%理解できるか難しいところ。著者にとって読者層を拡大できるか悩ましいところだろう。

経済小説の大御所の高杉良氏の小説であれば、ビジネスという大きな枠組みで読者を捉えていて、読者層は広い。『半沢直樹』の原作を書いた池井戸潤氏であれば、金融業界を中心としているものの「ミステリー」と「わかりやすさ」が織り込まれた作品ばかり。その読者は金融などの専門知識を深く理解していなくても、すんなり小説を楽しむことができる。こちらの読者層も幅広い。

ちょっと大げさなところも、これが小説かな?!

この『巨大市場』は日本のカメラフィルムメーカーが中国に進出する内容であるが、ちょっと違和感を感じるところも出てくる。そもそも、デジタルカメラが主流の中国で、旧式のフィルムを製造する日系メーカーが中国に進出するというのはストレートに理解できない。もちろん、レントゲン写真などの特殊なフィルムの需要はあるだろうが、中国の地方都市の人でもデジカメを持っているのが今の現状だ。

小説のなかで、航空規制をかけて飛行機を飛ばさないようにする工作(策略)が出てくるが、現実的にはありえないだろう。小説だからこそ現実よりも面白くしたのかもしれないが、行政当局の責任者は社会的にきわめて影響の大きい航空規制を私欲のために変更することは中国社会でも大げさすぎる。「小説は現実以上に面白くないと意味がない」と小説家のどなたかが叫んでいたことが思い出される。

2.「深井律夫」という小説家とは?

みずほ銀行(日本興業銀行出身)の中国専門家?

この『巨大市場』の著者である深井律夫さんは、インターネット上の情報によると、みずほ銀行出身(もともとは日本興業銀行入行)の実務家のようだ。1966年生まれ、兵庫県出身。大阪外国語大学中国語学科を卒業して、日本興業銀行に入行している。ストレートに進学・卒業をしていれば1988年入行。上海にある復旦大学に留学しているようだが、大学時代に留学したのか、銀行から企業派遣として留学したのかはっきりしない。

小説の主人公である江草雅一と著者自身を重ねていると考えると、江草雅一と同じように企業派遣で留学していたのではないだろうか。著者自身も銀行員として中国に駐在していたのだろう。小説のなかには中国の法律、商習慣だけでなく、中国の行政機関やその役職まで(少し名称を変更しているが)、事実にあっていて違和感を感じない。

いまも銀行員なのだろうか?

この深井律夫さんは今も銀行員なのだろうか?はじめて2010年10月に出版した『連戦連敗』(現在の『巨大市場』)を含めて、合計で3冊を出版している。これまでの4年間で3冊という出版ペースを考えると、銀行員をしながら作家としても活躍しているのではないだろうか?

1966年生まれなので、現在の年齢は49歳。現在も銀行員として働いていて出世頭であれば、銀行の執行役員または部長職についていてもおかしくはない。出身銀行と思われる、みずほ銀行のホームページの役員一覧には残念ながら名前は載っていない。そもそも、「深井律夫」という名前自体はペンネームかもしれない。

そもそも、メガバンクで勤務していて、中国専門家として活躍されていたら、異動通知などのインターネットの対外公表情報に掲載されていてもおかしくないが、その異動通知すら見つからない。すでに銀行を退職しているか、そもそもペンネームなのだろうか。

とにかく「中国」と「自社(銀行)」が好き?!

小説のなかで出てくる「日中が協力すれば世界最強」というのは、深井律夫さんのポリシーなのだろう。中国に魅了されてしまった日本人から見た中国社会、中国ビジネス、中国社会のなかでの日本人社会や日系企業に対して、主人公の江草雅一を通して表現している。主人公の考えは、まさに著者である深井律夫さんの考え方なのだろう。

著者は、所属している銀行に大きな誇りを持っているのだろう。小説『巨大市場』のなかでも「産銀から、一定期間出向するのであれば話は別だが、転職するとなると、それは産銀への裏切り行為になると思ったからだ。」と主人公を通して、著者自身の銀行への思い入れを表現しているように思えてならない。やはり、現在も退職せずに現役の銀行マンの可能性は高い。

3.ほかの作品もおススメ

『覇権通貨 小説人民元』(『巨大市場』の続編)

じつは『巨大市場』以外の2冊についても読破してしまった。『巨大市場』を読んだあと、そのままアマゾンで残りの著書を購入してしまった。『覇権通貨 小説人民元』は『巨大市場』の続編として描かれている。間違えて『覇権通貨 小説人民元』から読まないようにしたい。

少しずつグローバル化されている中国人民元をテーマに、金融の法律や商習慣を織り込んだ内容になっている。中国で働いている商社やメーカーの経理担当者にとっては、本人が直面した内容が小説で描かれている。香港で行われている人民元の為替ヘッジ手法であるNDF取引(ノンデリバラブル・フォワード)など登場し、中国ビジネスを経験した人には懐かしい言葉も出てくる。

実務面では、人民元のNDF取引の規模が小さく、残念ながらヘッジコストが高くてうまくリスク回避できないという問題にも直面したことだろう。このように、かなりマニアックな内容が中国ビジネスを経験した読者を魅了してしまう。「人民元が簡単に送金できなかったり、為替予約ができない。」という読みながら自分の経験を振り返ってしまう。

『黄土の疾風』

この『黄土の疾風』は第三回城山三郎経済小説大賞の受賞作。この著書も中国の法律や商習慣を盛りだくさんに織り込んだ内容になっている。「金融」と「食品」という2つの枠組みから中国ビジネスを描いた作品。

これらの小説を読んでいて、著者は銀行員の中国専門家として、中国の法律や商習慣を実務を通して理解していくことに満足感を感じながら働いてきたのかもしれない。読者としては出版ペースをあげてほしい。(了)

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